『傷口から人生』根拠なく自分は天才だと思っているけど前に踏み出せてないのなら、この本を3回読むべき

傷口から人生。書籍画像

自分は周りにいる他の人よりも優れている。なにもしていないけど、きっといつか何かできる。

そう思っている人は意外とたくさんいると思う。

だけど、自分には何ができるのか。どうすべきなのかわからない。

こう思っている人が大半じゃないだろうか。僕も例外ではない。

傷口から人生。』は、自分から逃げている人に「君は大事なことから目をそらし、逃げているんだよ」と教えてくれる。

もしかしたら著者が本当に伝えたいことはこういうことじゃないかもしれない。

だけど、僕にとっては自分の考え方の甘さ、目を伏せようとしているけど本当は一番大切なことに向きあわせてくれた大切な本だ。

人は人生で何度か「大きな気付き」をすると思っている。そのキッカケがたくさん散りばめられている本だ。

この本を書評として書く時にどういう風に書こうか迷ったのだけど、僕がどうこういうよりも、実際に心がえぐられた部分を紹介したほうが伝わると思い、今回は引用を多めにした。

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傷口から人生。のグッときた言葉たち

人生と、旅の荷造りは同じです。いらない荷物をどんどん捨てて、最後の最後に残ったものだけが、その人自身になる。歩くこと、旅することは、その『いらないもの』と『どうしても捨てられないもの』を識別するための作業なんですよ。私の人生は残り長くてあと20年くらいだけど、その間にどれぐらい、いらないものを捨てられるかが、『自分が何者だったか』を決めるんです

「自分は人に馬鹿にされている」と思う人間ほど、特別な人間になりたがる。そうなると、その思いはどんどん膨らんで、自分を認めない他人を恨む。同時に、自分が他人を馬鹿にすることに対して、鈍感になる。他人と同時に自分を責していることに、気づかなくなる

私はなんで、こんなにも遠くまできて、自分の人生にまるで影響を与えない人間の不幸を、喜んでいるんだろう

話そうと思って一生懸命話している中に、コミュニケーションは生まれない。コミュニケーションは、自分に「待て」を課したところ、止まったところから、いきなり生まれるのである

「ブラジルには、『マオ・レゾルビーダ』という言葉がある。直訳すると『未解決の人間』。自分の家族や、人生の悩みを、解決していない人間を指して言うんだ。マオ・レゾルビーダは、ブラジルでは社会的に評価されない。たとえ大企業の重役に就いていたとしても、『あいつはマオ・レゾルビーダだからな』と言われて、仲間内では信頼されないんだ

「できること」が増えれば増えるほど、自分の中心部は、余計なもので覆われて見えなくなる。  そうだ、それでいい。安心しろ。中心は見なくていい。大丈夫、お前はできるんだから。  自分の中心を見るのが、怖い

欲しいものは、崖の向こうにある。でも、飛べない。崖の向こう側をチラ見しつつ、「どうせ飛べないし」とふてくされ、だからってチラ見をやめることもできずに地団駄を踏んでいる人間。そうやって、見たくないものからも、「本当に見たいもの」からも、目をそらし続ける人間。それが私だった

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ああ、自分は自信を持っていなくて、でも自分の居場所を持ちたくて、人と比較して「自分の方がスゴイ」と自分に言い聞かせているのだな、と思った。

自分に確固たる自信がないから、人の権威、例えば学歴などのわかりやすいレッテルで人を判断して、人に上・下の判断を下しているのかもしれない。

他人と自分は違うし、自分は誰にも動かせない「信念」があるという人こそ「人生を本気で生きている」そう心から思えた本だった。

ただ読むだけで人は簡単に内面を変えることは出来ない。最近有名になった哲学者のアドラーもそういっている

問題はいつも、自分の中にある。まずはそこから一歩ずつ軌道修正できたらな、と思う。

最後に

本書は著者の小野美由紀さんが実際に体験した人生の格闘記だ。実際の体験から人にここまでの衝撃を与えられる文章が書ける才能に驚いた。

kindleで読んで、「これは紙の本として持っておきたい!」と思って書籍版も購入した。

あまり読み終わった本を読み返さない僕が3回読むほどの衝撃だった。

1つでも「グッ」とくるフレーズがあったら、是非本書を読んでみて欲しい。きっと大切なこと、自分に本当に必要なことが書いてあるから。

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