「誰もおまえのことなんて興味ない」って考えたらなんでもできるよ、きっと。

ほーくブログがめでたく100記事を超えました(この記事は103記事目)。

前身のブログが初めて本格的に書き始めたブログで400記事近く書いてたけど、URLに不満が出てきたので、ほーくブログを立ち上げた。

今月は100記事書くぞと宣言してるから、毎日3記事くらい書いてるけど、かなりブランクが空いてた時期もあった。

その間、ブログに飽きてたかというと、逆。

「どうやったら自分の納得のいくブログを書けるだろうか」って、毎日のように考えていた。

なんかブログを書いても面白くないというか、まぁ面白くない。

「面白くないなら辞めればいい」って考え方もあるけど、文章書くの向いてないから面白くないって感じでもなかった。

文章を書くことは面白いけど、心から楽しんでないというか。

でも、それがなんでかは、ずーっと答えが出ないままだった。

で、約3年位考え続けてやっと先月の終わりくらいに仮説が出た。

「みんな自分を見てる」と思い込んでる説。やった

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超絶被害妄想奴

ブログの話なのに驚きのぶっ飛びになるけど、「そもそもぼくの生き方そのものに問題があるんじゃないか」ってとこまで話は行っちゃう。

よく「誰に見られてるか想像してブログを書く」ってのがいいと言われる。プロブロガー本にも載ってた。

簡単にいうと「対象の読者は予備知識として何を知ってるか、その読者に対してどういう価値を提供するか、記事の粒度はどうするか」ってな意味だろうと認識してる。これはホント参考になる。

僕はそれをぶっ超えて「みんなが見てる」って思ってブログを書いてた。悪い意味で。

「こう書いたらあの人はこう思うんじゃないか。でもそれだとあの人がこう思うんじゃないか」と。

だからだんだん無難な言い回しになって、個性もクソもない記事と化していってしまう。

自分が思ってることを書いてないんだからそりゃ楽しくないよねーってことがわかった。

最高はてブ数20くらいなのにみんなが見てるとおもうとか、笑っちゃうくらいの被害妄想奴ーwwwなんだけど、なぜかそんな思考になってた。

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これはブログだけじゃない。人生に関してもこういう感じで、誰にも嫌われたくないってのが最初に頭に浮ぶから、嫌われないように無難に生きてる。ブログの文章ににそのまま反映されてるだけ。

ちなみに真剣にこのことを考えるようになったのは、あるオフ会に行った時にズバッと容赦なく某有名ブロガー兄弟に斬り刻まれてから。

やっぱりすごい人ってのはすごいみたいで、会って最初っから「コイツつまらん」ってアンテナで拾うんだと思う。

それまでズバッと斬られたことがないから、それがずーっとトラウマで悩んでたけど、やっとその呪縛から抜けだせそう。

自分は見られてないから、いかにプライド捨ててやれるか

とりあえず毎日3記事くらい書いてたら、もちろんアクセスも上がってきてるわけだけど、基本的に「誰も俺を見てない」ってスタンスでずーっと書けるようになった。

もちろんブログを読む人を記事ごとに妄想して、できるだけ分かりやすく書くようにはしてるけど、自分のウソ偽りない意見は必ず入れるようにしている。

このブログは生涯5つ目?くらいだと思うけど、やっと「自分のブログ」って思えるようになってきた。もちろん、ブログとしてもっと成長させるためには、他人に「面白い」と思ってもらわなきゃいけないけど。

友達にはブログやってることを知られたくなかったから、Facebookの個人アカウントでこのブログの記事を流したことなかったけど、勇気を出して記事をシェアしてみた。

で、やってみたらなんともない(笑)

結局、「自分が世界の中心に立ってる」って妄想から出るプライドが、行動を制限していたんだと思う。誰も見てない。

半径10mの世界でちょっと認められてるから、「自分はスゴイ」ってプライドを持ってるけど、いざ何か行動してみると「実は全然すごくない」って現実を受け入れたくない。

それだけなんだな、って思った。

そこから、クソみたいなプライドを捨てたら案外なんでもやれるんじゃないか。って思えるようになった。

元から全然人の目を気にしない人はガチで全く意味の分からん話だろうけど、ぼくはそういう意味の分からんワールドに住んでました。

やっと3年前の自分に贈る言葉ができた。

「誰もおまえのことなんて興味ない」

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